随筆

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一般社会と教育

私は永年生きて来て今昔の違いに驚かされることがある。その一つに大相撲力士のインタビューである。昭和の終り頃までだったろうか、それまでの力士のインタビューはアナウンサーが一方的にしゃべるだけで、力士は恥しそうにただ あ、う、などとワケのわからぬ、マトモな言葉を発していなかったような感じだった。しかし、最近の力士は違う。ハッキリとした言葉で積極的に応対している。このことは相撲界に限らず一般社会にも言えそう、私は昭和33年4月高校入学したばかりの頃校長の個人面接をするということでびくびくしていた。8クラス中私のクラスは4組、1組から始まったが、数日して中止する! と知らせがあり、ほっとした思い出があ...
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除湿器

日本の気候は全般的に雨が多い、湿度が高い、だから住居もそれに対処するように古来作られて来た。私の生家(明治維新の頃建てられた)も、伊勢湾台風までは藁ぶき屋根の家であった。今も母屋は健在ではあるが、さすが現在はトタン屋根だ。その台風で藁葺きの屋根の一部が吹っ飛び、直しようにも、その頃、既に当地には藁葺き職人が居なくなっていた。 伊勢湾台風は私の高校2年の時で、私は高校卒業までは毎日その家で生活して来たのであるが、なんら不満があったわけでもなく過ごして来た。夏は戸を開け放てば涼しい風が流れ込んできて、冬は掘り炬燵の炭火の暖かさが、今にしてみれば格別な思い出となっている。 やがて昭和が終わり平成の時...
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HPの制作に挑戦

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猪鼻湖

浜名湖の最も北の端にある猪鼻湖へ 佐久米から都筑を拔けて大崎の海岸沿いを走る。大きなリゾートマンションなどが出来ていて、すっかり観光地化が進んでいるようだ。猪鼻湖は周囲12キロ程で浜名湖の一部、従って汽水湖である。私が幼い頃家族皆んなで来たことがあるが、その時は橋はなく渡し舟であった。2度目は高校2年生の時、三ケ日から通っていた友人の家に遊びに行った時、彼の親せきが尾奈駅近くにあり、和船を持っていて、それを借りて釣りをした。彼は和船を上手に漕ぎ、私もやらせてもらったがちっとも前に進まなかった。彼の漕ぐ和船と私は泳いで競争してみたが、みるみる離されてしまった。和船の偉大さを知った次第!その時まだ...
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山陰の旅・・萩

私は学生時代に3回大旅行を?!している。一つは四国、また一つは九州いずれも行きは友人と途中から一人旅でした。それから卒業間際の春休みに山陰、山陽の旅をした。これは一人旅。しかし途中から下宿で一緒だった友人の実家や親せきの家にとめてもらったりした。ここではこの山陰、山陽の旅を思い出しながら書いてみたいと思う。 東海道新幹線が開通して2~3年後あたりの事だから相当昔の話、だから多少記憶が曖昧なこともあるかも知れない。3大旅行のどれも東京からの均一周遊券で途中下車自由の大変便利なキップでした。但し、有効期間があり、確か10日間位でしたかね?新幹線にも別途特急券を買えば乗れたかもしれないが、乗った記憶...